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─2─ 再果ての地

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-05-03 20:30:45

国境の向こう側にいる人間は、この風景を見たら何と思うだろうか。

自らが犯した罪の重さを目の当たりにし、深く後悔するだろうか。それとも、最早何も感じぬほど既にその神経は麻痺しているのだろうか。

丘陵を埋め尽くす無数の墓碑を見やりながら、エドナ連盟アレンタ方面軍通称イング隊司令官付き副官ヘラ・スンは深々とため息をつく。

物言わぬ墓碑の群れは、戦場から帰還した彼女達を出陣した時とまったく変わらぬ様子で迎えた。

いや正確に言うと、その数は出陣時よりも増えているかもしれなかった。

戦が続く以上死者は増える。わかりきったことなのだが、いざそれを改めて目の前に突きつけられると、言葉も無かった。

ここは大陸の北の果て。

大陸全土で信奉されている『見えざるもの』の聖地にもっとも近い場所、と言えば聞こえはいいのだが、早い話が僻地である。

その最果ての地に駐屯しているのが『不敗の軍神』、もしくは『黒衣の死神』と恐れられているロンドベルト・トーループである。

そのような名声を得ている人物が、なぜ首都から離れたこんな所に配されているのか。

理由は、彼が戦において常に紛うことなく敵の進路を言い当てるからである。それはまるで不思議な力に裏付けられているようであった。

事実ロンドベルトは不可思議な力を持っていたのだが、それを知るのは上層部のごく一握りの人物と副官のヘラに限られていた。

その能力をもってして、権力の転覆を謀られたらたまった物ではない。

エドナの宗主は、数ある大公家から持ち回りで選出されるのだが、普段いがみ合っていた彼らの意見はその点では一致していた。

そして、下された命令にロンドベルトが従ったのは、権力者達の考えが至極真っ当だったからである。

──下手に命令に背いて、付け入る隙を与える訳にはいかないだろう?──

言いながらロンドベルトが笑ったのは、初めてその力のことを聞い
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  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─31─ 祭りの後

     日を改めて、和平調印式は滞りなく執り行われた。 その後開かれた定例の議会では、フリッツ公が先帝の実子である証拠が提出され、正式にメアリの廃立とフリッツ公の次期皇帝への即位、そしてミレダが臣籍に下る事が決定した。 散開となり、重苦しい空気に包まれていた議場をあとにしたミレダを待っていたのは、他でもなくペドロだった。 その姿を認めるやいなや、ミレダはそちらへ走り寄る。「どうした? 何かあったのか?」 不安げなミレダとは対照的に、ペドロはいつになく晴れやかな表情を浮かべている。「今し方、連絡がありました。シエルの意識が戻ったと」「本当か?」 驚きと喜びと不信がないまぜになったような顔をしているミレダに、ペドロはうなずいて返す。「ただ、あまり無理はできないので、お会いになるのはまだ……」 が、ペドロの言葉が終わらぬうちに、ミレダはフリッツ公の屋敷に向かい走り出していた。 その後ろ姿を見送りつつ苦笑を浮かべ、ペドロはあきれたようにつぶやいた。「まあ、仕方がないでしょうね」     ※ 日当たりの良い室内の中程に置かれた寝台にシエルは横たわっていた。 まぶたは閉じられており、安らかな寝息を立てているように見える。 無論室内では、あの邪気よけの香が焚かれており、かすかな香りが鼻をくすぐる。 足音をたてぬよう細心の注意をはらい寝台に近寄ると、ミレダはその傍らに置かれている椅子に腰かけ、そっとシエルの顔をのぞき込んだ。「すまない。私はまたお前に……」 言葉と同時に、ミレダの目から涙があふれる。 頬を伝い落ちるそれは、胸の上で組まれていたシエルの手にこぼれ落ちた。 刹那、シエルはわずかに身じろぎする。 驚いて咄嗟に身を引くミレダの前で、シエルはゆっくりと目を開いた。 藍色の瞳には、苦笑にも似た光が浮かんでいる。「……まただ」 かすかにつぶやくシエルに、ミレダは訳がわからないとでも言うように首を傾げる。「何が? 一体どういう意味だ?」 その言葉を受けて、シエルは珍しく柔らかな微笑を浮かべてみせた。「あなたはいつも、俺が目を覚ますと、泣いてる。あの時も、そうだった」『あの時』が何を意味しているのかを理解したミレダは、思わず強い口調で反論する。「そりゃそうだろう? 傷だらけの状態で何日も目覚めないでいたら、本当に死んでしまうんじ

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─30─ 決断

     自室で衣装を改めたミレダは、寝台に突っ伏し泣きじゃくっていた。  もっとも大切な友人を自分のせいで窮地に追い込んでしまった、そう思っていたからだ。  そんな時、扉をたたく音に気付き、あわてて顔を拭うとやや力のない声でこう告げた。 「……誰だ? しばらく誰とも会いたくないと言ったはずだ」  しばしの沈黙のあと、困ったような声が扉の向こう側から聞こえてきた。 「お気持ちはわかりますが、急ぎお伝えしたいことがありまして」  他でもないフリッツ公の声に、ミレダは立ち上がると重い足取りでそちらをへと向かい、ややためらったあと扉を開く。  そこには心配そうな様子のフリッツ公とペドロが立っていた。  フリッツ公はミレダの姿を認めると、常のごとく柔らかく微笑む。 「お加減はいかがです? 少しは落ち着かれましたか?」  が、そう問われたミレダは首を左右に振り目を伏せる。 「私のことは、どうでもいい。それよりもシエルは?」 「今、大司祭猊下自ら治療にあたっています。曰く、もうしばらくかかりそうだと」 「……そうか」  うつむいたままミレダは室内へと足を向ける。  そして、戸口に立ち尽くす二人に向かい低い声で言った。 「すまないが私もまだ気分が優れない。手短にたのむ」  その言葉を受け、ペドロは深々と頭を下げた。 「殿下の目となり耳となる役目を負いながら、この度は申し訳ありませんでした。この上は……」  ペドロが短剣を眼前にかざすと、ミレダはあわててそれを制した。 「やめろ! 私は誰も失いたくはないんだ。それに、何か言えないような事情があったんだろう?」  一体何が、と問われ、ペドロは困ったようにフリッツ公を見やる。  それに対してうなずくと、フリッツ公はいつになく厳しい表情で切り出した。 「事の発端は、ある人物の執着と恨みです。それに取り入ったゲッセン伯は、結果飲み込まれてしまったのです」  と、ミレダは驚いたように顔を上げる。 「……じゃあ、ゲッセン伯の後ろに誰かがいた、ということか?」  フリッツ公は厳しい表情を崩すことなくうなずく。  それは一体誰なんだ、と言外に問いかけてくるようなミレダの視線を真正面から受け止めて、フリッツ公は重々しく告げる。 「畏れ多くも不可侵な方。……皇帝陛下メアリ様です」  その言葉に、ミレダ

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  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─28─ 乱戦

    「どういうことだ? ゲッセン伯は外を守っているはずだろう?」  突然乱入してきた白の隊を目にし、ミレダは戸惑ったような声を上げる。  数の上では近衛と朱の隊の合計のほうが遥かに多いのだが、彼らの大部分には実戦の経験がない。  形ばかりの武術は、実戦に裏打ちされた武力に太刀打ちができなかった。  近衛たちは目に見えてその数を減らしていく。  その隣に立つフリッツ公は白の隊乱入の理由を知ってはいるのだが、今更言っても仕方がない。 「殿下、公爵閣下、お早く建物の中へ!」  自らの命を盾にして血路を開いていく近衛と朱の隊の姿に、ミレダは思わず唇を噛む。  そんなミレダの手を取りフリッツ公は先へ進もうとするのだが、ミレダはなぜかその場を離れようとしない。 「やめろ! 双方剣を引け! この場をなんだと思っているんだ!」  中庭のそこかしこで繰り広げられている乱戦に向かい、ミレダは叫ぶ。  だが、その声とは裏腹に芝の上には赤い血が花が咲いたように飛び散り、無数の骸が転がっている。 「殿下、参りましょう!」  これ以上この場にいては危険と判断したフリッツ公は、ミレダを一番近い建物の中へと導こうとする。  しかし、なだれ込んできた騎士たちの戦いに巻き込まれその手が離れた。  両者の間では、近衛と朱の隊そして白の隊が入り乱れ、無秩序な争いが始まった。 「殿下!」  フリッツ公は叫びながらミレダの方に向かおうとするのだが、武器を持たない状態ではあまりにも無謀である。  近衛たちは必死にフリッツ公を押しとどめようとする。 「いけません、閣下! せめて閣下だけでも退避を……!」  フリッツ公とミレダ、両者の距離は次第に広がっていく。  取り残されたミレダが断末魔の叫びが聞こえる方に目をやると、ひと際豪奢な白い甲冑をまとったゲッセン伯が、自ら白刃を振り回していた。  怒りに満ちた視線を投げかけながら、ミレダは思わず叫んでいた。 「血迷ったか! 和議の席を混乱させるに留まらず、皇帝の代理人たる私達に弓を引くとは!」  けれど、ゲッセン伯は血走った眼に怪しい光を湛え、不気味に曲がった口から奇妙な言葉を発した。 「皇帝の代理人など笑止千万! 正当なるルウツの皇帝陛下を差し置いて、その位を簒奪しようとする愚か者らを討ち果たす!」 「どういうことだ?

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─27─ 祭りの始まり

     程無くして駆けつけたペドロは、いつになく色を失っていた。  半泣きになりながらも汚した床を片付けるシモーネと、空っぽの寝台を見やりながら、注意深く室内に視線を巡らせた後、ペドロはおもむろに執事長に向き直った。 「お屋敷の中は、もう探しましたか?」 「はい、くまなく探しましたが、お姿は見当たらず……。ご存知のとおり、庭園は皇宮や司祭館に通じておりますので……」  その返答に、ペドロは目を伏せ首を左右に降る。 「自分は司祭館の方から参りましたが、途中ではすれ違いませんでした」  言いながらペドロは寝台に歩み寄ると、その上に手を置く。 「だいぶ冷えていますね。短剣も見当たらない。かなり前に出て行ったのでしょう」 「けれど、一体どちらへ? まだアルトール様はご自身を取り戻していないようにお見受けしましたが……」  涙声で問うシモーネの言葉を受けて、ペドロは目を閉じじっと何かを反すうしている陽だった。 「あの時……いや、でもまさか……」 「ペドロ殿?」  首をかしげる執事長に、ペドロは珍しく大きな声を上げた。 「皆さんは引き続き、敷地内の探索を。自分はロンダート卿とジョセ卿につなぎをつけます!」  自分の考えが当たらなければ良いのですが。  そう言い残してペドロはその場を走ってあとにした。      ※  皇宮の中庭に設えられた調印式の場にまず現れたのは、貴公子然としたフリッツ公。  そして、その手を取って並び立つ姫君の美しさに、その場を埋め尽くす近衛や朱の隊の口からは嘆息が漏れる。  無論それは身分相応の装いをしたミレダであることは言うまでもない。  華やかな装いとは裏腹に、その顔は不機嫌そうだった。 「書類に署名押印をするまでの辛抱です。ですからもう少し我慢してください」  苦笑いを噛み殺しながら小声で言うフリッツ公に、僅かに唇を尖らせる。 「わかってる。けれど、どうしてこんなに重くて動きにくい格好をしなければならないんだ?」  加えて慣れぬかかとのある靴では足元が覚束ないミレダは、フリッツ公の手を取らなければ歩くこともままならない。  そんな見た目だけは紳士淑女の両者の前に現れたのは、エドナの全権大使である。  ロンドベルトを始めとする駐在武官達に囲まれているその様は、まだ完全にルウツを信用してはいないように見える。

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─26─ 祭りの前

     ミレダはかなり不機嫌だった。 不在となっている皇帝の代理人としてフリッツ公と共にエドナとの和平調印式に出るのはいい。 だが、公の場に出るとなると、身分にふさわしい服装をするべきではないか、と周囲が言い出したのである。 ミレダは当初、常日頃のような騎士の出で立ちで出席しようとしていたのだが、和平を結ぶ席に武人が赴くのはいかがなものかと言われ、ついに折れざるを得なかった。 結果、常ならば自然に背へと流されている長い髪を結い上げ、着慣れぬ貴婦人の装束に身を包むことになったのである。 もちろんその格好では、肌身はなさず帯びていた剣を身につけるわけにはいかない。 仏頂面で現れたミレダに、フリッツ公は一瞬目を見開き、ややあってにっこりと笑った。「大変お似合いです。一体どちらの貴婦人が現れたのかと思いました」「茶化さないでくれ。今日は剣を持っていないからな。何かあっても従兄殿を守ることはできないぞ」 いつもよりもやや乱暴な口調のミレダに、フリッツ公は僅かに肩をすくめてみせる。 それから冗談めかしてこう言った。「私達は戦場に赴くわけではないですよ。交渉事に剣など不要ではありませんか」「従兄殿は甘い。それでよく今まで生き延びられたな」「まあ、私は政に関心のない愚昧公でしたから」 そう片目をつぶってみせるフリッツ公。 だがその内心には不安しかなかった。 ユノー達からの報告によれば、この事件を引き起こしたのは白の隊を率いるゲッセン伯だという。 その隊は悪いことに、他の五伯爵家の部隊とともに近衛と朱の隊では手薄な皇宮内の警備についている。 彼の背後にはメアリがいるはずだ。だとすれば、確実に何かをたくらんでいるだろう。 しかし、それはあくまでもフリッツ公の憶測に過ぎないので、ミレダには伝えていない。 加えてフリッツ公自身も、今日は貴公子然とした格好をしているため、剣を帯びてはいない。「まあいいさ。何か起きたら、私が身を挺して従兄殿を守る」 いつになく真摯な口調のミレダに、フリッツ公は思わず足を止める。「待ってください。どうしてそうなるんですか?」 すると、ミレダは振り返りざまにこう答えた。「決まってるじゃないか。従兄殿は次期皇帝なんだから、臣籍にくだる私が守るのが道理というものだ」 そして屈託もなく笑ってみせるミレダに、フリッツ公は頭を

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